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フォー・セインツの現在。メンバーは何してる?「小さな日記」の誕生秘話は?

2017/08/15


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出典:〔amazon〕フォー・セインツ ALL TIME BEST

フォークグループフォー・セインツ現在はどの様な活動をしているのか?デビュー曲はどの様にして誕生したのか?等を掘り下げて書いて行きます。

プロフィール

  • グループ名 フォー・セインツ
  • 活動期間 1968年~1973年 2006年~
  • メンバー 上原徹 志賀正浩
  • (旧メンバー  加賀一兄、荒木しげる、ダニー石尾)
  • レコード会社 ユニバーサルミュージック
  • カテゴリー フォークグループ

現在。メンバーは何してる?「小さな日記」の誕生秘話は?

メジャーデビューは、1968年その頃はメンバー5人でスタートしました。結成のきっかけは成蹊高等学校の文化祭での演奏でした。この後フォークビレッジというラジオ番組で注目され人気を得ました。

さて、メンバーは現在何をしているのか?気になるところです。一人ずつ掘り下げて行きます。ダニー石尾さんは、フォー・セインツの活動を続けながら鹿島アントラーズのスタジアムDJを続け活躍しました。2014年4月15日肝臓がんで死去しています。

鹿島アントラーズのサポーターからも亡くなった際は惜しむ声が上がり、追悼セレモニーが行なわれるほど愛される存在でした。

デビュー当時ドラムを勤めていた荒木生徳の名前で活動しましたが、グループ脱退後荒木しげると改名して俳優として活動しました。2011年まで俳優として活動を続けており、代表作は仮面ライダーストロンガーの声を担当し人気を獲得、舞台、映画と活躍しましたが、2012年4月14日肺炎のため死去しました。


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ピアノを担当していた加賀一兄は、現在東京都内で医師となり開業医をしており、神田医師会の会長をしています。また、趣味の欄にピアノと書いてあるので恐らく同一人物だと思います。

学業を優先して、グループを抜けて学業に専念した結果だと思います。素晴らしいと思いますね。

現メンバーの上原徹は、フジパシフィック出版の代表取締役となっており、2006年にグループを再結成するまでは音楽に関わる仕事をしてきました。また、若い頃はフジテレビ系列の製作会社ワイドプロに在籍しており、その後社内の再編でフジテレビに入社しテレビディレクターとしても活躍しました。

夜のヒットスタジオのディレクターを務めた経験もあり、主に海外アーティストを担当し夜ヒットで海外アーティストが演奏する際は重要なパイプとして活躍し外せない存在となっていました。

現メンバーの志賀正浩は、グループ解散後タレントして活動をしており、おはようスタジオやゲーム番組などで司会をしており、当時の視聴者の人達は今でも覚えていてカルト的な人気を博しました。

しかし、42歳の時に気管支ぜんそくを発症したのを皮切りに、4回のがんに見舞われ2007年に網膜剥離を発病し、左目を失明してしまう人生最悪の出来事に見舞われてしまいます。

しかし現在も音楽関係の仕事をしており、株式会社ポルマーニの代表取締役となっています。

続いては、フォー・セインツのデビュー曲『小さな日記』について書いていきます。作詞は原田晴子さん、作曲は落合和徳さん、です。作詞の内容は原田晴子さんが実話を元に作詞されたようです。

その実話とは、恋人が山へ行って遭難死してしまったことを歌詞にしたもののようです。

作曲は、落合和徳さん当時の作曲エピソードは残念ながらありませんでしたが、後に女優の岡田可愛さんがこの曲をカバーしました。

まとめ

今回はフォークグループフォー・セインツを書いてきましたが、メンバーのうち二人は既に亡くなっており、残っているメンバーは三人です。そのうちの加賀一兄さんは現在医師として成功しており、ミュージシャンからの鮮やかな転身とも言えますね。

また、現メンバーの上原徹さんも音楽出版の社長を務めるなど人生の成功者となっていることに驚きを隠せません。また、志賀正浩さんも病気を患ってしまいましたが未だ元気に活動されているようです。

この世代の人たちのバイタリティーの凄さに圧倒されます。


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