円広志の現在の音楽活動は?若い頃はどんな感じだった?「夢想花」の誕生秘話は?
歌手としては一発屋の印象がある円広志さんを色々な角度から掘り下げていきます。
プロフィール
- 芸名 円広志 (本名 篠原義彦)
- 生年月日 1953年8月21日
- 出身地 高知県
- カテゴリー シンガーソングライター
- 所属事務所 オフィスとんで
- 所属レコード会社 MAD CAR RECORDS
現在の音楽活動は?若い頃はどんな感じだった?「夢想花」の誕生秘話は?
現在の音楽活動は昨年2018年6月にかなり久しぶりの快心の一作、『遥かなる風人』をリリースしました。昨年は芸歴40年を迎えたためそれを記念してのアルバムリリースとなりました。
コンサートの日程は以下の通りです。(URL: http://www.tomde.co.jp/index.phpより引用)
円 広志コンサート2019(兵庫県・福崎町)
- 日 時: 平成31年2月16日(土) 開場:15時30分 開演:16時
- 場 所: 福崎町エルデホール
- 料 金: 前売 一般3、800円 (友の会会員3、500円)【全席指定】
関西では知名度バッチリですが、残念ながらその他の地域ではライブを行う予定は今のところないようですね。この他では関西で早朝から深夜まで姿を見ないということはありません。
関西では当り前すぎて今更特別でもない存在となりました。というのも後に触れる夢想花が売れた後、暫く東京で音楽活動を行っていましたが、上手くいかずに大阪に帰ってきて島田紳助さんなどの引き上げもありタレントとして活動を継続していました。
残念な事に芸歴40年も重ねたという重厚感はあまり感じることは出来ないのが、残念です。本人ももっと大物扱いをして欲しいような言動を関西のテレビ番組などではしているようですが、周りはギャグと思っているのかもしれません。
ここからは円広志さんの若い頃について書いて行きます。実は、大学を卒業しますが夢想花にてデビューを果たしたため、就職するチャンスを逸したこととこのまま音楽で生きて行くということを心に決めたので就職は今までしたことはありません。
また、学生時代から音楽漬けの生活を送っており、大学時代に組んでいたバンドZOOMでボーカルを勤めており、解散した後円広志さんの運命を変える一曲夢想花を制作することとなりました。
バンドを解散しその後音楽が出来なくなると思ったら、無性に悲しくなりその思いをぶつけるようにギターを弾いて夢想花が完成しました。歌詞と曲は15分で完成しタイトルがつくまで10日間掛ったようです。
当初、デモテープを東京の音楽出版社に送り、CBSソニーからのデビューが決まっていましたが、アルバイト先で出逢ったヤマハの関係者から、夢想花でポプコンに出ないかと誘われて運命を懸けて出場し結果は第九回の世界歌謡祭に出場しグランプリを獲得しました。
上記にも書いたように、自身のヒットには夢想花以外恵まれませんでしたが、作曲家として活動し、ヒット曲を沢山残しています。その代表格は森昌子の越冬つばめ、この曲の作曲者名は本名で行ったため円広志さんであると言うことに気づいていない人が多いのです。
この他、やしきたかじんさんや上沼恵美子さん、長山洋子さん、日吉ミミさん等にも楽曲提供をしており、作曲家としても活動して行くことは出来た人ですが、まあ目立ちたい性格もあるからなのか?タレント的な扱いをされてしまっています。
また、SMAPにも楽曲提供をしようと曲を提出しましたが、ボツになってSMAPは円広志さんの楽曲を歌ってはいません。SMAPがブレイク前に大阪で番組を持っておりそのとき一緒に円広志さんも出演していました。
それが縁で作曲して自分の知名度を上げようともくろんだようですが上手くいきませんでした。
まとめ
今回は円広志さんを掘り下げてきましたが、本来なら作曲家として歌い手としてブレイクしても良いのですが、何故かお笑いの方向に行ってしまったのは何か不思議な感じがしますね。
関西地区では6本のレギュラーを抱えており、多忙な日々を過ごしておりその合間を縫っての音楽活動となっていきそうな感じがありますね。まあ、一度夢想花という宝物を手にすることが出来たのでそれだけでも凄いことだと思います。