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バーブ佐竹の死因と現在の歌手としての評価。ヒット曲「骨まで愛して」「ネオン川」の誕生秘話は?


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歌手のバーブ佐竹さんを色々な角度から掘り下げて行きます。

  • プロフィール
  • 芸名 バーブ佐竹(本名 佐武 豊)
  • 生年月日 1935年2月7日
  • 出身地 北海道 釧路市
  • カテゴリー 歌手
  • 活動期間 1964年 - 2003年

死因と現在の歌手としての評価。ヒット曲「骨まで愛して」「ネオン川」の誕生秘話は?

死因については、2003年12月5日多臓器不全で死去し享年68歳でした。現在の歌手としての評価については、後に触れる「骨まで愛して」をバーブ佐竹さんが歌ったと誤認識されているという歌手という事です。

詳しくは後で記述するとして、それ以外では私見になりますが紅白4回出場。因みにヒット曲を持っていないのかといえばそうではなくデビュー曲だった「女心の唄」が250万枚のヒットソングとなって世間的には一発屋扱いとなっています。

また、声質が特殊であったことから歌手としてしぶとく残り続けシングルレコードを10枚以上、アルバム6枚をリリースしています。個人的には歌手としての現在の評価はバーブ佐竹という名前は世間に認知されていますが、詳しいヒット曲に関しては誤認識されている歌手と言う事が結論です。

ここからはヒット曲、「骨まで愛して」「ネオン川」について書いて行きます。「骨まで愛して」は、城卓矢さんのヒット曲でこの曲のプロデューサーは森進一さんと「おふくろさん」騒動でトラブルに発展した川内康範さん。

作詞家の名義は川内康範さんの妻和子さんの名義で作詞をしました。さて何故勘違いが起こっているのか?と考えたのですが、城卓矢とバーブ佐竹が同時代に活躍していたため誤認識がされているのでは無いかと考えています。

実際に、バーブ佐竹さんが「骨まで愛して」を作品としてリリースした事実はありません。勿論この当時バーブ佐竹さんもデビュー曲が爆発的に売れて世間から注目されているし城卓矢さんも「骨まで愛して」を歌っており混同された結果バーブ佐竹が歌った「骨まで愛して」と思っている人が未だに多数存在するのかもしれません。


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続いて「ネオン川」この曲は当時世間でカバー曲が沢山リリースされている最中にリリースされたオリジナル曲です。当時はカバーブームの最中のためこの曲も色々なグループにカバーされておりこちらも混同している人もいるはずです。

因みに、後に五木ひろしさんや松山千春さんがこの曲をカバーしており歌い継がれています。

まとめ

今回はバーブ佐竹さんを掘り下げてきましたが、歌手としてはデビューしていきなり250万枚の売上を記録していきなりスター歌手になりその後本人の努力で歌手活動を継続してくる事が出来たと思います。

また、これと言ったスキャンダルを起こしたわけではないのですが、バーブ佐竹は淡谷のり子さんとディックミネさんの間に出来た子供という噂が立ち始めていました。しかし、実際はそんな事実はなく誰かが作った噂です。

そして、或る日ディックミネさんと淡谷のり子さんのご両人が揃ったところでベテランレポーターがこの話題を振ると淡谷のり子さんが「バーブ? 冗談じゃないわよ。なんで、よりによって私が、あ~んな汚ったならしい顔の子供を産まなきゃなんないの? もしディックさんと私なら、美男子に生まれて来るに決まってるでしょ。噂なんて、いい加減なもんよ。まったくヤになっちゃう」(会話をhttps://keijidaz.net/archives/83589705.htmlより引用)

この発言の本当の心持ちはわかりません。いい加減にしろと思っていたのか?わざと怒って見せたのかわかりませんが事実は血縁関係がありません。どうしてそんな噂に発展したのかについては解りません。

もし今の時代なら嘘でも真実でもインターネット検索で上位に行くのでいつまでも噂が消えることは無いと思いますし、否定してもその上からまた嘘が塗られて事実がわからない状態になった可能性があります。

しかし昭和のこの時代なら、マスメディアは適当な記事を書いて取り上げて別に間違っていても謝罪もないですし面白ければ良いでしょ見たいなムードがありましたのでこの記事もそんな悪ふざけの結果とも言えます。

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