天馬ルミ子の現在の活動。結婚してる?娘は?「教えてください・神様」「その時わたしはTAXIを停めた 」の誕生秘話は?
天馬ルミ子さんを色々な角度から掘り下げて行きます。
プロフィール
- 芸名 天馬 ルミ子 (本名 小林るみこ )
- 生年月日 1964年5月28日
- 出身地 神奈川県 川崎市
- カテゴリー 歌手
- 活動開始 1977年
- 所属事務所 Tenma Office
現在の活動。結婚してる?娘は?「教えてください・神様」「その時わたしはTAXIを停めた 」の誕生秘話は?
現在は体調不良のため活動を休止しています。それでも活動状況を知るべく現在のオフィシャルウェブサイトであるTenma officeのページを参照すると、2017年で更新が滞っています。そのため現在の活動状況は掴めません。
結婚しているのかについては、1992年に幼なじみと結婚しておりそれを機に個人での活動が主となっており、その後は夫の会社を手伝いながら、「RUMIKO美人塾」を運営していました。離婚したという話は聞こえてこないので結婚生活が今でも続いていると思います。
娘さんに関しては名前を天馬桜子さんと言い、Tenma officeに所属しています。現在は新しいスケジュールの発表がされていないので、芸能活動は出来ていないと考えられます。芸能人はオファーありきの仕事なのでなければ芸能人と言っても無職と同じです。
SNSもTwitterがありますがアカウントが存在しないと表示が出ますし、ブログに至ってはアドレスをクリックすると、母親のページに戻ってしまう状態になっています。今後オファーがあれば動き出す可能性があります。
推定年齢では20代~30代ぐらいでは無いかと思います。今後どのような活動をしているか見ていくのが楽しみです。ここからは天間ルミ子さんの楽曲「教えてください・神様」「その時わたしはTAXIを停めた 」について書いていきます。
「教えてください・神様」作詞、杉山政美、作曲・編曲、都倉俊一のコンビで製作されました。デビュー曲ではありましたが全くと言って良いほど世間に響きませんでした。当時はピンクレディーと同じ事務所に在籍していました。
ピンクレディーが売れた利益で売り出したのが天馬ルミ子さんでした。当時の年齢は13歳で堀越中学の芸能部に所属していました。多額の資金を投じメディア露出を企てるほか、様々な風変わりのキャンペーンも行い話題を集めました。
しかしレコードの売上はさっぱりで費用対効果の部分で大きな赤字を出してしまいました。天馬ルミ子さん自身が悪いわけではなく、世間がついてこないという結果でした。オリコン86位で大惨敗。回りの寄せる期待を大きく裏切る形なってしまいました。
楽曲を作っている作家の名前だけ見ても売れそうな匂いがしましたが、若すぎたのか売れませんでした。
「その時わたしはTAXIを停めた 」は、サードシングル、作詞・伊藤アキラ、作曲・川口真のコンビで製作されました。この曲は「伊集院光とらじおと」の水曜日のコーナーアレコードで紹介されて一時注目されました。
簡単に歌詞の解釈を書くと、別れるという話をした男女、電話で男の方からもう死ぬと言われて女性がタクシーを止めてその男性の家に向かう歌、現実問題そんなディープな話をされた運転手は恐らくタクシーを止めて、この女の子を下ろして他のお客を拾いに行く行動をすると思われるほど面倒な客です。
緊迫感がある状況ですが、歌声がそれほど真に迫っていないのでその深刻さが伝わってこない歌です。当時はどの程度売れたかが解りません。恐らくこれもさほど世間に響かなかったのでは無いかと思います。
歌手としてはシングル4枚をリリースしました。プライベートでは中学時代は堀越に通っていましたが、高校は芸能活動OKでは無い高校に通ったため学業優先のため芸能活動を休止しました。
その後事務所が倒産し、難攻不落な芸能活動をしていたようで現在も体調を崩して活動は休止になっていますので、頑張り過ぎてしまう性格なのかなと考えています。
まとめ
今回は天馬ルミ子さんを掘り下げてきましたが、色々な事があって芸能界で辛い思いをしてきたのでは無いかと思います。しかし、その反面、自分の実現したい夢を実現出来たという人でもあります。