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ソルティー・シュガーの現在。メンバーの活動は?「走れコウタロー」の誕生秘話は?

2017/08/05


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出典:〔amazon〕走れコウタロー (MEG-CD)

コミックフォークソンググループかと思われているソルティー・シュガーですが、現在メンバーはどうなっているのか?等を今回は掘り下げて行きます。

プロフィール

  • グループ名 ソルティー・シュガー
  • 活動年 1969年~1971
  • レコード会社 ビクターレコード
  • カテゴリー フォークグループ

メンバー

  • 山本厚太郎(コウタロー) ボーカル、ギター
  • 手塚道夫 ボーカル、コントラバス
  • 佐藤敏夫 ボーカル、バンジョー
  • 高橋隆 ボーカル、ギター

現在。メンバーの活動は?「走れコウタロー」の誕生秘話は?

現在ソルティー・シュガーは、休止しました。やはり学生時代の生活の延長だったのかも知れませんね。そのため大学卒業後、就職を機に活動を休止したのかも知れません。さて、メンバーの活動はどうなっているのか?についてです。

ボーカルギターの山本厚太郎は、芸名を名前だけコウタローに変えて芸能人として活動しています。グループ解散後は武蔵野タンポポ団というグループの活動に参加しました。この時のメンバーはボーカルに高田渡が勤める伝説的なグループです。

この後、中津川フォークジャンボリーにも出演この時なぎら健壱とも親交を持ったと言われています。このグループも活動時期がはっきりとせず社会的情勢からフェイドアウトしてしまったようです。

その後、山本コウタローと芸名を変えてソロミュージシャンとしても活動していました。シングルレコード7枚、アルバム4枚をリリースしました。その中で山本コウタローとウィークエンドを結成しグループ活動も行っていました。

シングル9枚、アルバム7枚をリリースする等ミュージシャンとして様々な形で活動を継続しました。その後はタレントして活動軸をシフトし、日本テレビの思いっきりテレビの初代司会者を務める等、活動の幅は今も広がるばかりです。


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また近年、橋田壽賀子のドラマ『渡る世間は鬼ばかり』に俳優として出演しの劇中で親父バンドを結成するシーンがあり、そのまま現実にCDデビューしてしまうと言う、音楽との繋がりは深いと言えます。

さて、他のメンバーについても触れて行きたいと思います。手塚道夫さんについてはインターネット上で調べて見ましたが、現在どの様な活動をしているかどうかは不明でした。

続いては佐藤敏夫さん。ソルティー・シュガーは元々日比谷高校の同級生で結成されたグループでした。高校卒業時、佐藤敏夫さんは別の職業に就くためソルティ・シュガーを退く、佐藤敏夫さんの名前だけを残そうと、ソルティー・シュガーという名前に落ち着きます。

その後ある事情でグループには復帰しますが、現在の活動状況は解りませんでした。続いて高橋隆さんについても調べてみましたが現在の活動状況は解っていません。

最後に『走れコータロー』について書いて行きます。この曲はバンドメンバーである山本コウタローがバンドの練習場所に集合時間ギリギリで訪れ、バンドメンバーがその姿を見て「厚太郎走れ!!」とかけ声を掛けていたところから、この曲が出来た言われています。

また、ソルティー・シュガーには上記に書かれたメンバーの他に池田謙吉さんというメンバーがいました。しかし、池田謙吉さんは『走れコータロー』レコーディング終了し発売直前に現在、原因不明の病で急逝しました。

現在池田謙吉さんの死因は睡眠時無呼吸症候群では無いかと言われています。そのため一度グループを離れた、佐藤敏夫さんが復帰し一時グループで活動をしていました。『走れコータロー』は1970年7月5日にリリースされ、作詞作曲は池田謙吉・前田信夫両氏の共作で、競馬実況を再現した。現在の音楽で表現するとラップのような物でした。しかし当時は
この様なタイプの音楽は珍しかったため、100万枚を超えるヒットを記録しました。

まとめ

あまりにも壮絶な歴史がこの曲にはあるなそんな事が明らかになりましたね。やはり新しいタイプの楽曲を生み出すには、少し変わった事をしないとダメみたいですね。

〔amazon〕ソルティー・シュガーのCDはこちら。


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