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アン真理子の現在。結婚してる?ライブは?「悲しみは駈け足でやってくる」の誕生秘話は?


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出典:〔amazon〕悲しみは駆け足でやってくる [EPレコード 7inch]

昔活躍していた歌手、アン真理子さんを色々な角度から掘り下げて行きます。

プロフィール

  • 芸名 アン真理子 (本名 佐藤由紀)
  • 生年月日 1945年
  • カテゴリー 歌手、作詞家

現在。結婚してる?ライブは?「悲しみは駈け足でやってくる」の誕生秘話

現在の消息は不明と言っても過言では無く、1999年まで関西を中心に活動している劇団『遊劇体』に在籍し、芝居にも出演していました。しかしその後のこの劇団も退団しているようでホームページには掲載されていません。


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恐らく芸能界から身を退いている可能性は高いと思われます。現在72歳という年齢から考えても、相当な劣化している可能性は高いですね。現在年齢を重ねている芸能人の人でも、出続けているから綺麗にいられますが、一度出る事を辞めたら本当に信じられない程劣化してしまうほどです。

結婚しているかどうかについてですが、詳細はわかりませんでした。また、ライブについても現在は行っておらず、予定を掲載したサイトなどはありません。続いてはアン真理子さんの楽曲『悲しみは駈け足でやってくる』について書いていきます。

作詞はアン真理子さん自身、作曲は中川克彦さんです。1966年まで出門ヒデさんとヒデとユキを組んでおり、それが解散した後芸名をアン真理子に改名し再デビューを果たしたデビュー曲です。

明日という字は明るい日と書くのねの歌い出しで始まり、聞いた事があるという人も多いかも知れません。後に『本気半分エキストラ』で知られる浜田朱里さんが1982年にカバーしたのでそちらのバージョンを知っているという人も多いかも知れません。

また、アン真理子さんはその後作詞家としても活動を開始し、その時のペンネームは本名の

佐藤由紀名義でした。元相方である出門ヒデさんが後にロザンナと組んだヒデとロザンナに楽曲『笑ってごらん子供のように』を提供しました。

その他ベテラン歌手湯原昌幸さんにも歌詞を提供しました。作詞家としての活動は2曲ほどでしたが、もっと深く掘ると作詞している物があるかもしれません。芸名では無く本名での作詞家活動なので、アン真理子さんと佐藤由紀さんが同一人物だとは思わない可能性が高いですね。


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歌手としてはその後、2曲の楽曲をアン真理子名義でリリースしましたが、ヒットしたかどうかは解りませんでした。アン真理子さんは芸能人としては苦労人で、日劇でダンサーと歌手を兼務していたときにソロ歌手となり、その後出門ヒデさんとユニットを組んで解散そしてソロ、作詞家となりました。

芸能人が再デビューという形は、演歌歌手に良くある形で五木ひろしさん等も今の芸名に落ち着く前に3.4回芸名を変えていますし、吉幾三さんも同様です。どうしても歌い続けたいという人はこの様にして何度も表舞台に返り咲いてきますが、そうでない人は引退してしまいます。

アン真理子さんもその慣例に乗って、何度か改名を重ねましたが、歌手としてはあまり知られていない一部のファンの記憶に残る歌手となりました。今後表舞台に出てくる事はもうないかも知れませんね。

あの人は今的な番組に、出演しても世間が覚えているような綺麗な容姿をキープしているかどうはあまり期待できない可能性がありますね。

まとめ

作詞家の才能はありましたが、3曲ほどしか提供できませんでしたし何だか回りの人間に芸能人としての運命を翻弄されたような気がします。もう少し良いブレインと知り合っていたらもっと作詞家としても歌手としてもブレイクしていた可能性は充分にありました。

しかし、元はダンサーと歌手そこからデュエット相手に選ばれると言う事は相当なスキルがあった人だと言う事は推察できますし、その後も歌詞を書く方にも転身できたと言う事は才能は確かにあった事は解りますね。

やはりチャンスを掴んでそのチャンスをどれだけ長く維持できるかに掛かっているそう感じてしまいました。

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