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青山ミチの死因と歌手としての現在の評価。結婚はしてた?「涙の太陽」「恋のブルース」の誕生秘話は?


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出典:[amazon]ゴールデン☆ベスト 青山ミチ

1960~1970年代に歌手として活躍した青山ミチさんを色々な角度から掘り下げて行きます。

プロフィール

  • 芸名 青山ミチ (本名 八木 フサ子)
  • 生年月日 1949年2月7日
  • 出身地 神奈川県 横浜市
  • カテゴリー 歌手 女優
  • 活動期間 1962年 - 1972年

死因と歌手としての現在の評価。結婚はしてた?「涙の太陽」「恋のブルース」の誕生秘話は?

2017年1月急性肺炎で他界されました。67歳という若さでした。病気さえなければ100歳ぐらいまで生きられるほど日本の医療は充実しているので体調に気を付けていてくれさえすれば生きられる時代です。

それを考えたら67歳は若すぎるという一言に尽きます。続いては歌手としての評価について書いていきます。歌手として評価を考えて行く前に3回逮捕されており、それにより歌手活動は上手く運ばなくなっており厳しい芸能人人生を歩んだという事は間違いありません。

1度目の逮捕が1966年、覚醒剤所持で逮捕されました。その際に実は発売予定の楽曲がありました。それがヴィレッジシンガーズと島谷ひとみさんが歌って大ヒットを記録した風の吹く丘後の(亜麻色の髪の乙女)だったのです。

その後も覚醒剤や窃盗などで逮捕され、芸能人として活動して行くのはとても困難で表舞台から姿を消しています。そのため歌手としての評価等というレベルの話ではなくクスリと窃盗のため歌手としての評価は不透明というか出来ない状態です。

しかしながら歌手としては39枚のシングルをリリースしています。薬物や窃盗に手を染めていなければ歌手として大成功していた可能性があります。本当に薬物は色々なモノを奪うという事があります。

2009年にも生活保護を受けて娘さんと生活をしていると言うことで話題に上ったこともあります。結婚していたのかについては、娘さんと息子さんがいるようなので結婚したことはありそうです。


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インターネット上で調べてみると、三宅雅と言う名前がYahoo!知恵袋で出てくるのですが、結婚したと言う事実はないようです。今後どこかで新たな情報が出てくると良いなと思います。

ここからは青山ミチさんの楽曲「涙の太陽」「恋のブルース」について書いて行きます。「涙の太陽」作詞、湯川れい子、作曲、中島安敏のコンビで製作された20枚目のシングルです。

元々はエミージャクソンの楽曲で、競作となりました。後に、日本でも安西マリアさんや田中美奈子さん、メロン記念日がこの曲をカバーしているので、知っている歌手によって年代が解ります。

「恋のブルース」は、1970年9月25日に発売した『雨の夜の恋は終った』のB面曲で当時のセールスデータなどの詳細は解りません。

まとめ

人は間違いを犯す生き物ですが、薬物に手を出すと救いたくても救えないという感じがあります。何故なら、一度手を染めた人の再犯率がとても高いので救いたいと思い手をさしのべても再犯してしまうので救えません。

これはどうしてかというと、脳が薬物を使用したときに快楽を覚えているため理性でコントロールする事は不可能な状態になっているので、甘い言葉を囁かれてしまうと違法薬物に手を染めてしまうことになります。

しかし、本人も違法である事は認識しているのですが、最後のところで理性のブレーキが利かないと言うのが問題です。青山ミチさんの場合も2回違法薬物に手を出しているのでやはり理性でコントロールする事が難しいのかもしれません。

レコードのリリース記録を調べてみると、1度目の逮捕の時は1枚のシングルが未発売になりましたが、直ぐに復活していたので1度目の逮捕の時は寛容されていたんだと考えてしまいます。

しかしながら、やはり一度薬物に手を染めると、世間の見る目も変わってしまいますし表に出る商売の人はかなり厳しい立場に追い込まれてしまいます。晩年は生活保護を受けて生活していたという事からかなり厳しい状態で過ごしていたと思います。

できる限り違法薬物とは距離を遠ざけたいと思うだけです。

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